projectart.jp編集部独自の視点でお届けしていく特集シリーズ。今回は、4月にご紹介した「記憶」を共有するアートプロジェクトが育む「つながる湾」コミュニティでもとりあげた《浦戸食堂》をはじめとして、各地で食を切り口としたプロジェクトを手がけているアーティスト・増田拓史さんのインタビューをお届けします。

増田さんの最新プロジェクトは、8月から水戸芸術館で開催される〈カフェ・イン・水戸 R〉で体験することができます。こちらもお見逃しなく!

2014年12月21,22日 増田拓史スタジオ(宮城・石巻)にて収録
構成:町田裕樹+橋本誠+編集部

増田拓史(ますだひろふみ)
1982年茨城県生まれ。横浜美術短期大学卒業。宮城県石巻市に拠点を置き活動している。コミュニティや地域をリサーチし、映像や、書籍型の作品を制作している。その手法として近年では、日常の家庭料理にフォーカスをあて、個々人の出自や地域性を再発見し後世に伝える食堂プロジェクトを、地域の方々と協働しながら展開している。
主な活動に、2015年「トワダ・キッチンチャンネル」/十和田市現代美術館(青森)、2014年「大館食堂/大館・北秋田芸術祭2014」(秋田)、2013~2014年「前橋食堂/アーツ前橋地域アートプロジェクト」(群馬)、2011 年「黄金食堂 / 黄金町バザール2011」(横浜)など。
http://www.hiromasuda.com/

 

横浜・黄金町で「食」を切り口にしたアートプロジェクトをスタート

橋本:《浦戸食堂》お疲れ様でした。今回はできるだけ、東京から来たひとりの参加者としてお邪魔させていただきつつ、取材観察させていただきましたが、絶妙なバランスで、集った参加者それぞれにとって意義のある現場になっていると思いました。横浜や前橋での「食堂プロジェクト」については見聞きしているのですが、今日はその背景等も聞かせていただければ、と思っています。

アートプロジェクトの現場で活動するようになった、そもそものきっかけはあるのでしょうか。

増田:もともとは横浜美術大学の工芸で金属を専攻して、クラフト的な実用性は保つ彫刻のような作品をつくっていました。在学中にアートプロジェクトを手伝った経験から、アートプロジェクトで社会に関わるアプローチをすることができるのではないかと考えるようになり、卒業するのと同時に黄金町(※)にスタジオを借り始めて、作品をつくりながら地域の人と関わっていく活動をはじめました。

※横浜市中区にある初黄・日ノ出町地区で2008年に〈黄金町バザール〉第1回開催。アートによるまちの再生に取組むNPO法人黄金町エリアマネジメントセンターが、まちを舞台に長期的に活動するレジデントアーティストを随時募集している。

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増田拓史さん

橋本:確かに、黄金町では「食堂プロジェクト」を始めるまで増田さん自身の活動の印象があまり無かったように思います。自分が制作するというよりは、まちに仕掛けている感じだったのですかね。

増田:スタジオの窓ガラス越しに自分ではないアーティストの作品を飾ったりもしていました。毎回、面白いと思った方に頼んで新作をつくってもらったりもして。自分ではまちを流れる川に繰り出すためのカヤックを作ったり、高架下に生える雑草を観察して、そのドローイングから映像をつくるワークショップをやったりしていました。

橋本:食堂プロジェクトは、そもそもどのようなアプローチなのでしょうか。

増田:2008年にはじまった黄金町バザールの活動もひろがりが出てきていた頃(2011年)で、まちの変化を感じ始めていた時期でした。更地になった土地に新しいマンションが建つ風景などを目にする中で、例えば自分の実家が無くなったとしたら、子供がうちの親がどこで育ったのかとか、記憶を辿ることもできなくなってしまうと思いました。違う視点では、そこに生きていた人の証すら無くなってしまう。もちろんポジティブな考え方もあると思うけど、今まで何代にもわたって積み重なってきたもの、あるいは世代を限ったとしても、その暮らしの証が無くなると思って、何かまちの記憶を残すことをやりたいと思ってはじめた活動です。

手法は色々あると思います。住民票だとか数値的な残し方もあるけど、リアリティがない。そこにいた人たちの日常の生き様が見られる残し方として、日常の食にフォーカスしました。移民系の人も、夜の仕事の人もサラリーマンも商店をやっている人も、どんな立場の人であれ食べることはする。そこから個人の今までの生い立ちとかストーリーを掘り出し、それを本という形で残していく手法が面白いと思ったのです。

橋本:本をつくるだけではなく、食を再現する屋台もやっていましたよね。

増田:屋台があると実際に味わえるし、来場者と直接触れ合うことができる。食べる行為自体は普通の屋台と変わらないけれど、そこで食べたものにそのまちの歴史とかリアリティが含まれている。そこが実は大事なところなんです。まちの人とアートを見に来た来場者と、それぞれの立場から反応してもらえたのも良かったです。

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黄金食堂(2011, 黄金町バザール)

今回も震災があったから強く思っているのかもしれないけれど、それまでは日常の生活や、住むまちに関するものをあえて残すことはしてきませんでした。それを結構、後悔しているところもあって、本のようにまとまった形になったのを見ると、関わっていただいた方も感化されることはあると思います。

このようなアートプロジェクトをやることで、アートとは縁遠かった人が影響を受けて新しい活動に挑戦するという場面も見てきました。そういったこが大切だと思います。今回のプロジェクトでも、熱心に手伝ってくれたまちの女の子がいたのですが、一緒に作品を完成させるということとは別に、何かその子自身の中で得るものがあればいい。

食堂シリーズは、黄金町の後に〈代官山インスタレーション〉というプロジェクトの中でも発表しました。その後、前橋(群馬)、大館(秋田)、浦戸(宮城)、十和田(青森)と展開してきていて、この夏は水戸(茨城)です。

 

東日本大震災後の石巻で考えた、アートプロジェクトとまちの日常

橋本:いま活動の拠点にしている石巻には、どのような経緯で来たのでしょうか。

増田:2011年12月から、黄金町のプロジェクトの一環で「日和アートセンター」という拠点で制作活動をすることになりました。もともと3ヶ月の期限だったのだけれど、そのまま帰らずに住みながらの活動になりました。住んでみると、作品を作るためにいるというのは違和感を感じてしまいます。
そうではなく、生活者としてこのまちに住みながら、まちが再編成されていくところを実際に、ここの人達と同じ時間軸の中で生活しながら過ごしていきたいと思うようになりました。

橋本:私も様々な地域へアートプロジェクトを見るために足を運んでみたりしますが、そこでは来訪者として状況を目にすることしかできません。そこで生活をしている人にとって、その状況がどのように受け止められているのかは分かりにくいですし、知りたいと感じることは確かにあります。

増田:震災が風化している感覚はありません。3年以上経って、ついに復興がはじまった感覚。例えば道を走っていても、道路が新しくなったとか、橋がかかったとか、お店が戻ってきたとか、東京に住んでいたら全然感じられなかったことがあります。直接アートには結びついていないけれど、視点を変えるとこういう極限のところで、アートとかアーティストの視点がどれだけ社会に通用するのかを体感できる、いい場だと思っています。

東京のようにアートとしてのコミュニティがあり、マーケットもあり、評価軸もできていて、だからアートが成立するということにはならない。全くアートとは関係無い、縁遠いところで、かつ震災のようなことが起こった状況で、今まで普通の生活が営めていた場所だからこそ、文化芸術全般がもつ本質的な視点や立ち位置での活動は重要だと、3年経って痛感しています。

橋本:食の切り口の他に、何か考えているアプローチはあるのでしょうか。

増田:やりたいことはたくさんあります。でも、どれも日常がテーマ。同じテーマでも、アプローチが変わると作品やそれが生み出す状況も変わると思います。

それから横浜ではあまり感じませんでしたが、今いる石巻などの地方で感じるのは、自営業やきちんと手仕事ができる方、専門性の高い知識を持っている方の割合の多さがいいと思っています。ネット上のウィキペディアならぬ、まちにあるマチペディアとでも言うべきような状態(笑) そういう知り合いが多くなると、生活していても困らなくなる。エアコンが調子悪くなっても、まちに電気屋さんはたくさんいるし、必ずしも金銭のやりとりではなくて、酒一本持っていくなり、逆にできることを手伝うとか、そういう対価でやりとりができるのがいい。こういうのは東京だと無理で、こういった関係性を生かした活動ができないかなと。

そういったまちの価値、知見を例えば映像を使ったアーカイブのようなかたちにしてみるプロジェクトとかが出来たらいいなと思っています。


取材時に始まったばかりの旧北上川内海橋災害復旧工事

 

アートプロジェクトと地域コミュニティの関わりが生み出す豊かな関係性

橋本:アートプロジェクトの現場にいるまちの人たちが、「アートを理解していていいですね!」と言われる場面を目にすることもありあますが、必ずしもそうでなくても成立するんですよね。むしろはじめはアートが分からなくても、関係性の中で成立している方が健全な気がしていて、その健全さを浦戸では見た気がします。

会場の演出だとか、ディティールにはアートとしてのこだわりがあるのですが、浦戸の人は必ずしもそこを見ていなくて、カレーと本にフォーカスしている感じ。自分のようにアートプロジェクトをきっかけに来たという人は、設えとそこに人が集まっている情景にアート性を感じていると思います。それぞれのとらえ方は違うけれど、共通の体験をする場として成立していて、その場自体も一緒につくっている気持ちになれたのがよかったです。本も出来上がったものを見るのではなく、自分たちでそれぞれに表紙を選んで、その場で手を動かして綴じる体験も素敵でした。「本はつくれるんだ!」と同じように小さな感動を共有しつつ、その本があるこれからの日常にも思いがつながる気がしました。

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つながる湾プロジェクト(2014, 宮城)において増田が取り組んだ《浦戸食堂》の現場に集う人々

増田:やっていると、アートに興味がない人は疑問を抱くことの方が多いと思います。でも実はその状況が面白い。疑い深い人ほど、はまるとそれが興味に変わっていって、気づくと一緒にやっている。いつの間にか様々人を巻き込んで、みんなが自分ごとになっているのが面白い。このプロジェクトのいいところはアート好きだけの話じゃなくて、アートのコミュニティの枠を超えたところとつながりながら、共通の価値を残していけるところだと思っています。

橋本:確かにアートには人の意識を変える力があります。美術館やギャラリーでもそれはできるけど、そこにはそもそも興味のある人しか来ないから対象が限られてしまいますよね。増田さんのように、アーティストや作品が美術館の外に出ていくことの広がり、可能性は重要だと感じます。欲を言えば、その出会いの体験をきっかけに美術館のような場所にも行っていただいて、さらに新しい体験をする人が増えると面白いですね。

増田:美術館のようにアートが好きな人を対象にしている場でこそ見えてくる面白さもありますが、両方のバランスが地域ごとにあったらいいと思います。美術の文脈に乗せるための普遍化や、多くの人に向けて開いたやり方にするなかで、特有の面白みが無くなってしまうこともある。多様化の時代の中で、コアなところに届けていくというやり方もあるという立場です。

橋本:アートが好きな人ほど気づいていない視点ですね。その中で、アートそのものにはこれまで親しみが無かったけれども、「アートプロジェクト」という言葉に惹かれている人は増えてきている気がします。そんな人たちがその可能性をもっと理解して、新しいアクションを起こしていくと確実に何か変わる予感があります。

増田:現場で出会う学生さんとかもそうなりますが、初めてのアート体験がアートプロジェクトという人は増えていると思います。各地で活動していて面白いのは、場所によって、ここまで文化が違うのかと感じることができること。特に今回はメンバーとしてまちに住んでいる人も多く関わってくれていて、お互いに忙しい中でも一緒にその新しい発見をできたりする。そういった体験や関わり合いはアートプロジェクトならではのことだと思います。

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ジャンプ(2015, 十和田市現代美術館)において増田が取り組んだ《Towada Kitchen Channel》

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今後の活動予定

水戸芸術館開館25周年記念事業〈カフェ・イン・水戸 R〉
会場:水戸芸術館 現代美術ギャラリー、街なか
開催日:2015年8月1日(土)~10月18日(日)
街なか開催日:2015年8月1日(土)~2015年9月30日(水)
主催:公益財団法人水戸市芸術振興財団
企画:日比野克彦(アーティスト/「カフェ・イン・水戸 R」プロジェクト・ディレクター)、浅井俊裕(水戸芸術館現代美術センター芸術監督)
http://arttowermito.or.jp/gallery/gallery02.html?id=432