projectart.jp編集部独自の視点でお届けしていく特集シリーズ。アーティストと障害者、企業・職人や市民をつなぎながらあたらしいものづくりや表現活動に取り組む〈SLOW LABEL(スローレーベル)〉とのタイアップシリーズを開始します!

まずはじめにお届けするのは、2011年に誕生したスローレーベルのこれまでと、そのネットワークやノウハウを応用して2014年にはじまった、”障害者”と”多様な分野のプロフェッショナル”による現代アートの国際展〈ヨコハマ・パラトリエンナーレ(パラトリ)〉への展開をご紹介する記事です。

スローなものづくりからダイバーシティ・アートプロジェクトへ。今後の記事では、さらなる展開として立ち上がりつつある〈SLOW MOVEMENT(スロームーブメント)〉についてもご紹介していきます。お楽しみに!

執筆・構成:橋本誠+編集部

 

スローなものづくりとコラボレーションの可能性

スローレーベルは、アーティストの新しい発想と自由な表現力、障害者の豊かな感性と丁寧な手仕事、企業・職人の高い技術と専門性をつなぎ、また時には市民参画の手法も取り入れながら、大量生産では実現できない自由な「ものづくり」や「ことづくり」に取り組んでいる、新しい試みです。

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2009年に、横浜の象の鼻テラスを拠点として〈横浜ランデヴープロジェクト〉としてはじまり、2011年に栗栖良依がディレクターとなり、現在のコンセプトとともにスローレーベルが立ち上がりました。その活動については、projectart.jpでもクリップのコーナーでご紹介してきています。

多くの記事で語られているのは、マスプロダクション(大量生産)ではできないものづくりや、市民参加も含めた様々なコラボレーションというスタイルの可能性についてです。

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《マサコちゃんの時間》ファッションデザイナーの矢内原充志が、風のバードに所属するマサコちゃんの織る色鮮やかなテキスタイルに出会ったことで生まれたシリーズ。その自由な感性と矢内原の感性が対話することで完成する一品は、全て丁寧な手仕事でつくられた一点モノのポーチやバッグ。

栗栖は以下のように語ります。

「スローレーベルがコラボレーションする地域作業所と呼ばれるような福祉施設でのものづくりは、現代社会の中心になっているマスプロダクション(大量生産)とは異なり、ひとつひとつが手づくりで非常にスロー。その分時間はかかるかもしれないけど、ひとつずつ表情を変えることができます。どんどん人口が減ってきて、世の中ではコンパクトシティー、コンパクトカーなどの概念が出てくる中で、ものづくりだけがマスであり続けることは無いはず。これからスローマニュファクチャリング(コンパクトなものづくり)が次世代型として来るのではないか、というところに注目し、そのパートナーとして、障害のある方と共に未来志向のものづくりを探求しています。」

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スローレーベルディレクターの栗栖(左) Photo: 427FOTO

また、そこにはマス志向に陥りがちな現代社会に向き合うアート性も潜んでいます。

「アーティストは彼らを指導・支援する立場で現場に入っていません。一人の人間として、隣人として、協働相手として、彼らの能力や感性に刺激され、ただ純粋にいっしょにおもしろい作品がつくりたいという気持ちだけで彼らと向き合うことを大切にしています。」

そして注目しておきたいのは、つくり手を職人や障害者に限らず、広く一般の方が生産活動に参加できるプログラム「SLOW FACTORY(スローファクトリー)」などにも取り組んでいる点です。これはアーティストの手だけでアート作品をつくりあげるのではなくて、様々な人と協働したり、芸術文化にとどまらない様々な分野と関わりながら表現活動を行う近年のアートプロジェクトの動きとも共鳴しているのです。
 

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《まるイロ》ハギレなどの身近なものを材料にして、自らの手でいろいろな色と模様のまるい織物をつくることができるツールをアーティストの井上唯が開発。写真は、直径4mのまるイロをみんなで協力して織っているところ。 Photo: 427FOTO

 

ものづくりから表現へ

そんな中、スローレーベルの活動で得たネットワークやノウハウを応用しながら、障害者と多様な分野のプロフェッショナルを繋げて新しい芸術表現を生み出すことに挑戦するパラトリもはじまりました。これは「パラ」とつきながら逆に障害者の表現活動のみを取り上げるのではなく、障害のある人、無い人、アーティスト、そうでない人、支える人々など、プロジェクトの数だけコラボレーションのスタイルもあるという発想のもとに、生まれる表現活動に注目していくアートプロジェクトとなりました。

【ヨコハマ・パラトリエンナーレのプロジェクト例】

《声の矢印、言葉の地図》
ダイアログ・イン・ザ・ダーク アテンド檜山晃×三角みづ紀
プロデュース:oblaat

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Photo: Kyosuke Asano

ダイアログ・イン・ザ・ダークでアテンド(案内)スタッフとして活動する檜山晃が感じたことを詩人の三角みづ紀が言葉で紡ぎ出すコラボレーション。象の鼻テラス会場内外に、それぞれの場所を五感で感じるための案内サインを設置されました。2人の感性を総動員してつくりあげた言葉が、見る人の「移動」のためではなく、「そこに存在する」ための道しるべとなりました。

 

《世界に溶ける》
目【め】

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Photo: Kyosuke Asano

フィールドワークを基に表現活動を行う現代芸術活動チーム「目」によるプロジェクト。自閉症や発達障害のある方の家族らへの聞き取り調査から、「世界に溶ける」というコンセプトを立ち上げました。会場では、調査の記録や、対象となった障害者の手による参考作品、それらから着想を得て制作した写真やドローイング、模型が展示されました。

 

《Out of Disorder》
崎野真祐美・工房いなば・池田富士美・熊井由実× 岩崎貴宏

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Photo: Kyosuke Asano

何気ない日用品から驚くほど小さくて精巧な作品を生み出すことを得意とする岩崎貴宏が、横浜、三重、姫路の福祉施設をリサーチ。障害者の手と心の動きの痕跡が印された織物に自らの手を加え、横浜の風景を重ねた作品を発表しました。また、パラトリの性質から特別に触れることのできる作品も用意されました。

 

《sing a sewing》
SLOW LABEL 横浜×皆川 明

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Photo:Yukiko Koshima

普段から刺繍の制作に取り組む港南福祉ホームの人々が、ファッションブランド「ミナ ペルホネン」の生地に心のままに刺繍を施し、アート性に富んだプロダクトを生み出すことに挑戦したプロジェクト。数回にわたるワークショップの様子や、個性豊かに仕上がった様々な生地を展示しました。

 

《whitescaper》
SLOW LABEL LAB×井上 唯

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象の鼻テラスを拠点とするスローレーベルが取り組んできた、市民参加型ものづくりプロジェクト。「織」や「編み」の手法を得意とする井上唯が、形状保持ヤーン(糸)を用いた手軽な編みの手法を考案し、会期前から様々な場所で公開制作を敢行。約800人のコラボレーションによって生まれた作品パーツは、会場全体を包み込みました。

 

〈ペドロ・マシャド ダンスワークショップ〉

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Photo:427FOTO

ロンドンパラリンピック開会式に参加したカンドゥーコ・ダンス・カンパニーのペドロ・マシャドによるワークショップ。付き添いの家族から離れて集中できる環境をつくるなど、障害のある・なしの垣根を徹底的に取り払うアプローチで稽古と創作を進めました。象の鼻テラスの屋外を活用し、偶然居合わせた多くの人々が目撃したパフォーマンスとなりました。

 

〈パラトリパレード2014〉

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Photo:427FOTO

多様な分野のプロのパフォーマー、ミュージシャンと、障害の有無を超えて集まった老若男女の一般参加者によるフィナーレイベント。サーカスやダンスのワーショップに参加したメンバーが中心となり、当日参加者と共に、手づくりの楽器を持って山下公園上のプロムナードから象の鼻テラスの屋上に向かって楽しくパレードしました。

参加アーティスト:金井ケイスケ、くるくるシルク、坂東美佳、こぐれみわぞう、松延耕資、大熊ワタル、井上唯、武田久美子

 

〈障害を取り除くためのワークショップ〉

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パラトリのビジョンのひとつである「社会の障壁を取り除くためのアクション」の取り組み。地元企業が多数所属するNPO法人に働きかけ、障害のある人たちと一緒に、楽しく安全にパラトリへ参加できる仕組みづくりを考えるワークショップを行いました。(主催:NPO法人横浜スタンダード推進協議会)

 

〈コミュニケーションフラッグ〉

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Photo: Kyosuke Asano

パラトリのビジョンのひとつである「既成概念を打ち破り、新しい未来を創造する」に対する取り組み。社会における障害とは何か? を来場した人に考えてもらうための3つの問いを立て、その答えを自由に記してもらう白い旗を会場内に設置しました。

Q.ここでアナタが出会った「気づき」を教えてください。
Q.ここで揺らいだ「常識」や「価値観」を教えてください。
Q.ここでアナタが見た「不完全さ」を教えてください。

 


ヨコハマ・パラトリエンナーレ2014 Exhibition&Project 記録映像

 


パラトリパレード2014 記録映像

 

「ものづくり」としてはじまったスローレーベルは、「ことづくり」や表現活動へと展開してきています。そしてそれが「まちづくり」にもつながるというのが栗栖のビジョン。栗栖は、『ヨコハマ・パラトリエンナーレ2014 ドキュメント』において、以下のようにその試みとこれからの展望について語っています。
 

パラトリエンナーレが夢見る世界

パラトリエンナーレを生み出すとき、横浜の街に産み落とされる「謎の生命体」をイメージした。はじめは小さな生命だが、次々と「人」を巻き込みながら成長し、やがて丸ごと「街」を呑み込んでしまう、そんな生きたフェスティバルをつくりたいと考えた。まずは、複数のレイヤーの入口と協働の機会を用意し、一人でも多くの人に関わり、感じてもらおうと試みた。自ら表現する人もいれば、伴奏する人(アカンパニスト)もいる。多様な人がプログラムの運営に携わり、観に訪れた人も、ただの傍観者ではいられなくなる。あらゆる仕掛けを随所に施し、結果的に横浜を中心とした全国の特別支援学校や障害者施設、企業や大学、横浜市内外の多くの個人を巻き込んだ。

今回のテーマは「ファーストコンタクト –はじめてに出会える場所-」だった。はじめての人、表現、価値観などに出会い、関わった人々の胸に何らかの新たな感情が芽生えたことと思う。準備や公開の過程で、出会ったことのない疑問や課題と向き合い、すぐに解決できないもどかしさを感じる事も多かったに違いない。確かに文化や言語の異なる者同士の協働は容易ではない。けれども、これこそが社会に溢れる障壁を取り除く、第一歩なのではないだろうか。誰かが示してくれる正解なんてない。兎に角みんなで悪あがきする、これが生きたフェスティバルの醍醐味だ。

ヨコハマ・パラトリエンナーレは、東京五輪・パラリンピックの開催される2020年をターゲットイヤーにしている。あと6年。この試行錯誤の協働を続けたとき、横浜の街はどのように変化するだろう。誰もが地域社会において居場所と役割を実感できること。それは、肩書きや分野に関係なく全ての人の願いだ。「障害者」と呼ばれる人々の、強烈な個性や才能、斬新で自由な視点の数々が、クリエイティブの力で有益な資源として社会に解き放たれる。その時、「障害者」という言葉のない、誰もが暮らしやすい街になってはいないだろうか。横浜は、開港の地だ。新しいものを寛容に受け入れ、先陣を切って未来を切り開いてきた。近い将来、この挑戦が日本各地に拡がり、海を渡る。謎の生命体が世界のスタンダードになって消える日を夢見ている。

 
栗栖良依 (スローレーベル ディレクター)

美術・演劇・イベント・製造と横断的に各業界を渡り歩いた後、イタリアのドムスアカデミーにてビジネスデザイン修士号取得。その後、東京とミラノを拠点に世界各国を旅しながら、様々な分野の専門家や企業、地域コミュニティを繋ぎ、商品やイベント、市民参加型エンターテイメント作品を手掛ける。2010年、骨肉腫を発病し休業。翌年、右脚に障害を抱えながら社会復帰を果たし、横浜ランデヴープロジェクトのディレクターに就任。スローレーベルを立ち上げ、ディレクターとしてプロジェクト全般の企画開発と推進を担う。ヨコハマ・パラトリエンナーレ2014 総合ディレクター。

 

スローレーベル ウェブサイト
http://www.slowlabel.info/

スローレーベルの新プロジェクト「SLOW MOVEMENT(スロームーブメント)」のサポーターを随時募集中です。
http://www.slowlabel.info/report/1006/

スローレーベルでは、スタッフ(プロジェクトマネージャー・アクセスコーディネーター)を募集しています。(7/21まで)
https://www.nettam.jp/career/detail.php?no=11764

 

ヨコハマ・パラトリエンナーレ ウェブサイト
http://www.paratriennale.net/

 

ヨコハマ・パラトリエンナーレ2014の内容については、スローレーベルの活動を紹介するニュースレター『スロージャーナル』vol.1, vol.2でもご紹介しています。
ショッピングサイト
http://nomadpro.thebase.in/

 

特集:SLOW LABEL×projectart.jp:スローなものづくりからダイバーシティ・アートプロジェクトへ

今後の掲載記事(予定)
・7月中〜下旬頃「ものづくりから表現へ2:大滝陽子(港南福祉ホーム)×皆川明(ミナ ペルホネン)」
・8月上〜中旬頃「多様性が育む地方創生のカタチ:スローフォーラム in 神山」
・8月下旬〜9月上旬頃「ものづくりから表現へ3:須藤シンジ(ピープルデザイン研究所)×白岩高子(アトリエコーナス)」
・9月中旬〜下旬「2020年日本発のダイバーシティ・ムーブメントを世界へ 1: SLOW MOVEMENTキックオフ!」