一定の営業効率を求める企業と、非効率でも独自性を追求するアーティストはどのように協働できるのでしょうか。3月8〜21日にかけてスターバックス コーヒー ジャパン 株式会社が展開した「YOU & STARBUCKS キャンペーン」の一環として行われた《JUN KITAZAWA & STARBUCKS FIVE LEGS PROJECT》では、そのひとつのかたちを見出すことができました。

美術家の北澤潤と建築家の馬場正尊、スターバックス(以下SB)による、オリジナルの屋台を用いて行われたアートプロジェクトの現場と、関連トークイベントのレポートを通した考察をお届けします。

 

銀座の路上で2週間にわたって展開


FIVE LEGS PROJECTの舞台となったのは、商業ビルが立ち並び、多くの人と車が行き交う銀座のど真ん中。人々は、2週間のプロジェクト期間中に拠点となったSBのGINZA SIX店、あるいはそこから銀座のまちに繰り出した路上で、SBの最小店舗とも言える(見える)この屋台に出会います。

屋台はインドネシアと東京を拠点に活動する北澤が、インドネシアの移動式屋台「KAKI LIMA(カキリマ)」に着想を得たもので、プロジェクトのネーミングもこの直訳である「5つの脚」からとられています。屋台の2つのタイヤとストッパー、店主の2本の足で「5つ」を示しているそうです。

ただしここではコーヒーが売られるのではなく、このプロジェクトに興味を持ち、国内各地域のSBから主体的に参加したパートナーがそれぞれに考えた(※)ワークショップやささやかなパフォーマンスなど7つのプログラムが、内容を変えて順次行われました。

※SBではすべての従業員が共に働く仲間をパートナーと呼び合う。本プロジェクトにあたっては、主に店長級のパートナー15人が企画段階から参加し、プログラムのアイデア出し、期間中の運営などにも携わった。

 

SBパートナーによる7つのプログラム


愛知県碧南市から参加した奥山さんが行ったのは、「Sozai de Frappuccino®(素材でフラペチーノ®)」と名付けられたワークショップ。木片や金属片、カラフルな樹脂片などの廃材をSBのアイスカップに盛り付けて参加者が自身を表現するという内容です。

食べることはできないけれども、素材や色で自分だけのフラペチーノ®をつくるワークショップは大人気で、子供も大人も夢中になって参加していました。

完成したフラペチーノ®はインスタントカメラで撮影。ネーミングなどを書き込んでもらったものが、屋台に残された。


兵庫県姫路市から参加した乙女さんは、「かみしばいシアター」と銘打って、仕事と生活をテーマにした手づくりの紙芝居を披露。参加者にも、身近な人に感謝の気持ちなどを伝えるアクションを寄せ書きしてもらいました。

自身の体験談を子供との対話仕立てにした読み聞かせは、ほのぼのとした内容の中にもほろりとさせられるシーンがあり、屋台を囲む参加者をしっかりと引きつけていました。そのひとりから、紙芝居のお礼にその場でつくった折り紙をもらうという、テーマに応じたアクションで盛り上がる場面もありました。

他にも、「なりきり!BARISTAメッセージ」「思い出GINZAマップ」「未来からのタイムカプセル」「Challenge Ourselves」「エクスペリエンスBAR」などと題した、パートナー自らがアイデアを形にした計7つのプログラムが展開されました。

未来からのタイムカプセル

 

屋台のデザインと実装された機能

SB版KAKI LIMAとでもいうべき屋台自体もひとつの見どころでした。本場のKAKI LIMAは、1台に対して1人の店主が物やサービスを売る、という形態が原則ですが、こちらでは言わば7人の店主が、それぞれに異なるプログラムを行い、それは販売行為ではありません。そこにはどのような機能が求められ、どのようなデザインがふさわしいのでしょうか。

馬場正尊と共に考えたベース案をさらにふくらませて形にしたのは、産業廃棄物や既製物を活用して空間づくりを手がける建築ユニット・デッドストック工務店でした。黒板や特注サイズの看板でSBらしさを保ちながら、UFOキャッチャーのためのクレーン、紙芝居ケース、ルーレットなど、プログラムで活用するための機能がしっかりと実装されました。

プロジェクト告知にも活用された、屋台のメイキング映像

そしてもちろん、屋台としての機動性。プログラムごとに場所を変えたため、移動中は”動くSB”として、ひときわ目を引いていました。

 

独自の表現でありながら、社会的でもあるプロジェクト


銀座というまちは、個人による屋台という営業形態が様々な意味で成立し難い場所です。そんな条件の中で、SBのキャンペーンでありながら販売行為そのものではないアートプロジェクトという形を借りた”屋台のある風景”が実現し、多くの通行人に楽しい驚きを提供しながらも、思いのほか自然に受け入れられている様には不思議な魅力がありました。

そして、その屋台ではパートナーがそれぞれの個性を生かしたプログラムを提供していて、参加者はその体験をそれぞれに楽しみ、同じ場にいる人々とゆるやかにその時間を共有するー。ここで起こっていることの本質には、実は、サードプレイスとして誰もが肩書から外れて「個」の自分に戻れる場としての、SBの各店舗でも少なからず共通する部分があることに気づかされました。

これは、美術家ならではの表現の独自性を探りながら、社会的にもリアルに成立するプラットフォーム型のプロジェクトを多く手がけてきた北澤のプロジェクトならではのことです。

 

企業の営業活動そのものを文化にしていく

左から北澤潤、SBの酒井恵美子、寳田幸、奥山美和子、前田央人

3月20日に行われたトークイベント「いま、アーティストはどうあるべきか?いま、企業はどうあるべきか?」では、ゲストにアーティストの日比野克彦をむかえ、プロジェクトメンバー(北澤、馬場、SB各パートナー)が活動の振り返りを行い、その意義についてディスカッションしました。

北澤は、KAKI LIMAが「個人が社会に関わる最小のプロジェクト」であるととらえ、今回のプロジェクトではその全体がSBという企業のプロジェクトであったとしても、個と社会の関係を問いたかったとそのポイントを説明。屋台で提供するプログラムも、それぞれがパートナー個人のものになるようこだわっていたことがうかがい知れました。

プロジェクトに伴走してきた馬場は、2月から急ピッチで進められたものにも関わらず、「よい意味での違和感のある風景」を銀座のまちなかで出現させることができていたことに驚き、そこに意義を見出していました。

左から馬場正尊、日比野克彦

SBで本プロジェクトの企画を担当した酒井恵美子が「SBが日本に来て22年。1300もの店舗が各地域にあり、その数だけパートナーやお客様との関係も紡がれている。その可能性を価値として考える機会にしたかった。」と振り返ると、日比野は「これからは社員個人が何を考えているのかにも目を向けて活動していくことのできる企業が残る時代。企業ブランドとして文化を扱うのではなく、普段の営業活動そのものを文化にしていけると良いのではないか。」と応答。ひとむかし前の企業が営業活動と切り分けたCSR(※)として取り組んでいた芸術文化活動とは異なるあり方としてプロジェクトが成立していることの価値を共有して、トークを締めくくりました。

※企業が利益を追求するだけでなく、組織活動が社会へ与える影響に責任をもち、あらゆるステークホルダー(利害関係者:消費者、投資家等、及び社会全体)からの要求に対して適切な意思決定をする責任を指す。

 

3つの協働価値


FIVE LEGS PROJECT におけるSBとアーティスト(北澤、クリエイターとしての馬場ら)の協働価値は、大きく以下の3つに集約できます。

(1)キャンペーンと表現活動の両立
SBオリジナルの屋台というフォーマットに、プロジェクトメンバーそれぞれの創造力を生かしたプログラムをのせることで、企業キャンペーンとしての性格を担保。同時に、北澤が手がけるプラットフォーム型のプロジェクトとしての表現にもなっていました。

(2)パートナーの技術を生かし、育む機会づくり
各プログラムにおいて、参加パートナーが普段お店で培ってきたであろう接客技術やコミュニケーション能力が発揮され、居心地のよい場を生み出していました。一方で、屋台づくりも含めてプロジェクトを立ち上げるプロセスから関わることや、販売ではない行為を通して、そもそも自分たちが作り出したいつながりやコミュニケーションとはどうあるべきかを考えるなど、店舗での業務では得られないパートナーのスキルアップの機会にもなったはずです。

(3)その場所、その時だけの体験の提供
キャンペーンとしては、このKAKI LIMAと、スターバックスの社会的な活動を銀座5店舗を学びながらめぐることでリボンメダルをもらうことのできる「Hunt the NUMBERS」というプログラムも合わせて展開されていました。偶然屋台に訪れプログラムに参加した方はもちろん、店舗めぐりをするSBファンにとっても、銀座の路上でこの一風変わったSBの屋台を見つけるということ自体が特別な体験だったに違いありません。

これらはもちろん、どんな企業とアーティストでも簡単に見出せるものではありません。普段から顧客との「つながりの瞬間」を大切にし、「感動体験」の提供を通じて人々の心を豊かにすることをミッションとしているSBのオーナーシップにあふれるパートナー、北澤ならではの強み、「個と社会」を表現する企画の設計が巧みに共鳴して生み出されたものだったと言えます。

しかしどんな企業でも、普段から提供している価値の本質をふまえながら、それを別の形で表現することの可能性を共に考えるパートナーとして、ふさわしい性格のアーティストが見つけられれば可能なはず。そのように、強く考えさせられるプロジェクトでした。

インドネシアのKAKI LIMAと北澤のドローイングなどがレイアウトされた、プロジェクトオリジナルのポストカード