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2014年9月13日-14日〈サンセルフホテル〉に宿泊した。

サンセルフホテルは、市民と茨城県取手市、東京芸術大学の三者が共同で行っている〈取手アートプロジェクト(TAP)〉において、現代美術家の北澤潤さんが発案し、取手市にある井野団地で行われている。アートプロジェクトであるが、その名の通り宿泊者を受け入れるホテルで、団地の一室を客室とし、団地住民または近隣住民などがホテルマンとして活動をする。

第1回サンセルフホテルが2013年4月13日-14日に開催され、第2回が2013年9月14日-15日に、第3回が2014年3月29日-30日に開催された。私が宿泊したのは第4回目。名前に表出しているが、「サン(太陽)とホテルを自分たちの手=セルフでつくりあげる」という特徴があり、宿泊者は、昼間にソーラーワゴンを使って蓄電し、夜に浮かぶ太陽のための電気と、客室で使用するための電気を自分達でつくり出す。 その特徴もあって、冷暖房など出力の大きい電力を使わずに過ごせる春と秋の年に 2回、一年の中でも最も心地よい時期にのみ開かれるホテルなのである。

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蓄電のためのサンセルフホテルオリジナルソーラーワゴン

サンセルフホテルとの出会いは、2013年の〈六本木アートナイト〉だった。サンセルフホテルの記念すべき第1回目が行われる1ヶ月前のまだ肌寒い3月、一夜限りの 「ショールーム」として、六本木のとあるビルの一室にサンセルフホテルが現れた。

部屋の中央に煌煌と輝く太陽のバルーンと、整ったアメニティの数々と、しつらえのホテルっぽさにわくわくし、「365日のうち、一晩くらいは太陽と寝たい」というコピーが心を捕らえた。いつか泊まってみたいという想いがこのときに芽生え宿泊申込にいたったわけなので、このときのサンセルフホテルは「ショールーム」という役割を充分に果たしていたのだけれど、言わずもがな、井野団地で体験したアートプロジェクトとしてのサンセルフホテルは、六本木で見たそれとはまったく異なるものであった。

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サンセルフホテル –六本木ショールーム(2013年)

サンセルフホテルは、すでに様々なメディアでも取り上げられていて、当日の様子についてもかなり露出している。しかし、このホテルがいかなるホテルで、このアートプロジェクトがいかなるアートプロジェクトであるのかは、宿泊者、もしくは ホテルマンにならないとわからない。一般的にホテルの評価対象となるのは、部屋の広さや、清潔さや、ベッドのクオリティ、アメニティの充実度などであるが、サンセルフホテルはそうした「物質」や「技術」に拠るのでなく、もっと言ってしまえば「人」でもなく、たくさんの人たちの「想い」で成立している。関わる人たちの想いが重なり合い、交錯して、夜の太陽となって降り注いでいる一夜なのだ。

サンセルフホテル宿泊に至るまで

サンセルフホテルの宿泊は応募申込による抽選(実は第3回にも宿泊申込をしたが当選しなかった)。公式ウェブサイトからダウンロードした宿泊予約申込用紙にはアンケートがあり、参加希望者はアンケートの回答とともに送ることになる。

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第4回サンセルフホテルの予約申込票

7月4日 予約申込締切日。23:59に質問への回答とともにメールで申込書を送信
7月5日 ホテルマン会議にて、宿泊者が決定
7月末 TAP事務局より電話にて当選の連絡
8月1日 メールで質問が届く
持病や体質等の健康面について/お風呂の希望(団地住民のお宅にてもらい湯をするか、客室で入浴するかを選択)/食事について、アレルギー等、嫌いな食べ物について確認/海と山と空、どれが好きか/好きな時代はいつか
8月8日 上記回答締切
8月15日 メールで留意事項が届く
9月4日 メールで追加質問と連絡事項が届く
パジャマのサイズについて/天候によるホテル開催可否の連絡について/チェッ クイン・チェックアウトの時間/交通手段について/メディア取材に関して
9月6日 上記質問に回答
9月12日 当日の集合についてのメール連絡

上記は私が申込をしてから宿泊するまでの全やりとりである。刻まれた日付と日付の間では、この数回のやりとりで交わされたことをすべての情報源に、ホテルマンたちが毎週末の活動を行っていく。宿泊客を迎える日に活動はクライマックスを迎えるものの、それまでに積み重ねられた時間こそがアートプロジェクトなのである。

宿泊客においても、当日が山場なのは自明だが、申込をしてから、いや、申込をするかどうか検討しているときから、サンセルフホテルというアートプロジェクトに巻き込まれていることを知る。

「泊まってみたいな」と思ってから実行に移すまで、誰と泊まり、このアート(かどうかすらその時点では実態のわからないもの)を誰と共有するのか。その相手に サンセルフホテルのことをどう説明するのか。申込票に添えられたアンケートは、 ここでの書き方によって当選かそうでないかが決まるように思えたし、もし当選したとしても、例えば「好きな色は?」という質問に「ピンク、紫」と答えつつ、部屋がピンクと紫になっていたらどうしよう!? と深読みしまくりもした。そうやってあれこれと想像するときの感じは、アートプロジェクトで感じる胸騒ぎと同じ類のものだった。

「ホテルマン」と「宿泊者」というそれぞれのアートプロジェクトの参加者が、ま だ出会わぬ相手のために、イマジネーションをフル回転する。それはとてもクリエ イティブな時間と行為だったと思う。

いつもの日常とは違うもうひとつの日常の中で

宿泊日当日。取手駅から井野団地まで私たちを運んでくれたバスを降りようとしたとき、ずらりと並ぶ総勢24人のホテルマンが視界に飛び込んできて、私たちの緊張はいきなりMAXに。たくさんの人からの視線を一気に浴びたからではない。ホテルマンのそれぞれの「これからおもてなしをするぞ」という「心」のかたまりがこちらへ飛んでくるのである。大げさに聞こえるかもしれないけれど、ホテルマンたちが並ぶチェックインのためのテーブルの方へ向かうのは、向かい風の中放たれる矢と格闘しながら一歩一歩進む感じであった。

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みんなの「想い」がいくつもの矢となって飛んできたように思った緊張の瞬間

ホテルマンが一斉に並ぶ状況に恐れおののき顔がこわばったこと、ふと隣を見たら 一緒に参加した知人の方が硬直し「私無理かも..」とつぶやいたこと、ホテルマンも同じように緊張していたこと、終始誰かに見守られて皇室の方々の気持ちが少しだけわかったような気がしたこと、客室でふるまわれた「いもようかん」ならぬ「いのようかん」が美味しかったこと、おもてなしによるおもてなしの連続で息つく暇もなかったこと、ソーラーワゴンをひきながら歩いた団地の風景に魅せられたこと、集めた電気で部屋の灯りがついたときの感激、太宰府が好きだと書いた私のために団地の神様がまつられた神社が押し入れに用意されていたこと、高校生ホテルマンが夜の太陽をモチーフにしたフルコースに腕をふるってくれたこと、もらい湯をさせてもらった女将と呼ばれている片山さんがホテルの女将顔負けのおもてなしをしてくれたこと、夜の太陽を寝転がりながらながめたこと、六本木アートナイトからのファンであるVマンの漫画を15話読破したこと、朝、利根川でホテルマンと食べたおにぎりが最高に美味しかったこと、チェックアウト前にホテルに渡す宿泊日記を書く時間が全然足りなかったこと、帰り際におみやげショップがあって持ちきれないほどのおみやげをもらったこと——。

サンセルフホテル宿泊中に起こった、挙げたら切りがないほどの数々の出来事は、きっとまた新たな宿泊者を迎えた際にも、たくさんたくさん巻き起こる。その一つの体験記としてここに残したい気もするけれど、メディアの掲載記事の他に、私が宿泊した回についてもホテルマンレポートが挙がっているのでそれは割愛することにする。宿泊してから約4ヶ月強が過ぎて、改めてサンセルフホテルが何だった のかを捉えようとすると、あんなに強烈で凝縮された1泊2日の時間よりも、ずいぶん長い時間の総体として物事が浮かび上がってくるのである。

後から聞いたことだが、私たちが宿泊した第4回目ではじめて、北澤さんが当日インカムを持たなかったという。「もうひとつの日常」をテーマに活動をする北澤さんが、人々の日常に、ホテルマンとしてのもうひとつの日常をつくり出すことで、 地域や人々に新しい関係性が生まれ、地域住民の意識と役割が変化を見せている。

この春には第5回目が開催される。
365日のうち、一晩くらいは太陽と寝てみては?

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笑顔で客室に迎えてくれた片山女将

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井野団地にまつわるクイズに回答しながらソーラーワゴンをひいて太陽の光を集める

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サンセルフホテル発案者の北澤潤さんもホテルマンとして活動する。蓄電した電気が無事に使えるか、緊張の瞬間

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昼間に蓄電した電気で客室に明かりが灯る

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「好きな土地:太宰府」というアンケート回答から用意された「井野団地太陽神社」。押入を開けてびっくりのホテルマンのアイディア

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ホテルマンと一緒に利根川河川敷へお散歩&朝ごはん

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宿泊日記を記してチェックアウト

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わずか一夜でホテルマンと宿泊者との関係性も変わった。お別れの一枚

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サンセルフホテル井野団地
第5回 2015年4月18日(土)―4月19日(日)開催

受付期間:2015年1月31日(土)必着
宿泊日程:2015年4月18日(土)―4月19日(日)
チェックイン:18日午後1時/チェックアウト:19日午前10時
宿泊料金:一泊二日 1名様につき 12,000円(食事別)[小学生 4,000円、未就学児無料]
宿泊人数:定員6名。2名以上で申込み。

サンセルフホテル ウェブサイト
http://sunselfhotel.com

取手アートプロジェクト ウェブサイト
http://www.toride-ap.gr.jp/

サンセルフホテル ホテルマンによる第4回宿泊フォトレポート
http://sunselfhotel.com/blog/?p=1323