アーティストと障害者、企業・職人や市民をつなぎながらあたらしいものづくりや表現活動に取り組む〈SLOW LABEL(スローレーベル)〉とのタイアップシリーズ。第2弾は、〈ヨコハマ・パラトリエンナーレ(パラトリ)〉において出会い、《sing a sewing》というプロジェクトを行った横浜市の福祉施設「港南福祉ホーム」の大滝陽子さんと、ファッションブランド「ミナ ペルホネン」の皆川 明さんによるトークをお届けします。

ディレクターの栗栖やトークへの参加者も交えてプロジェクトを振り返りながら、人の自由な表現をどうやって引き出していくのか、ということについて対話が行われました。

2015年6月3日 スパイラル(東京・青山)「sing a sewingプロジェクトトーク」にて収録
登壇者:大滝陽子(港南福祉ホーム)、皆川 明(ミナ ペルホネン デザイナー)、栗栖良依(スローレーベルディレクター)
聞き手:橋本誠(アートプロデューサー/一般社団法人ノマドプロダクション)
構成:松本春美+編集部

 

自由へのとまどい、気持ちを解放する難しさ

栗栖:港南福祉ホーム(以後、「ホーム」)さんではもともと、規則正しく布に刺繍をしていくクロスステッチなどの作業をされていました。昨年、パラトリを企画するにあたって皆川さんにはまず現場を見に来ていただいて、次はワークショップをしましょうということでミナ ペルホネンの生地を持って来て、皆で試しにやってみるということから《sing a sewing》がはじまりました。

その1-2ヶ月後にはパラトリの展示期間(8月1日〜)が始まるのですが、短期間で出来たものに手を加えて無理に製品に仕立てたり、アート作品として飾るのではなく、途中経過をそのままの状態で制作の様子を写した写真と一緒に紹介するかたちをとりました。期間中には利用者のみなさんと公募で申し込んだ一般の方が一緒に刺繍しながらブローチづくりをするワークショップも行いました。普段、障害のある方たちと一緒の場でものを作る機会ってなかなか無いと思うのですけが、そうやって彼らにもそれぞれ得意な技術や独自の表現があるのを目の当たりにしてもらえたのは、いい機会だったと思います。

140610_港南福祉ホームでのワークショップの様子(2014年6月1日)

橋本:ホームはスローレーベルの時から関わりがあるんですよね。パラトリへの参加にあたって、施設や利用者さんはどのように動いていたのでしょうか。

大滝:ホームでは普段から織物や七宝焼、刺繍といった作品を制作しているのですが、職員の力だけではそれらを活かしきれていないと思っていました。ものづくりのプロの方達の力をお借りして、もっと色々な人達に製品を見たり買ったりしていただいて、地域や社会と繋がりを持てたらいいなという思いでスローレーベルに参加させて頂いています。もともと私達にはファッションやものづくりの専門的な知識がないので、このプロジェクトが始まった当初は「プロダクトってなんですか?」「テキスタイルってなんですか?」というところからの始まりでした。提案頂いたことをまずやってみるというスタンスでのスタートです。また、普段のクロスステッチの作業は、布に目印がついていて、それに沿って刺繍をします。普段の販売場所である区役所や駅前では、目が揃っているものが好まれるんです。しかし、高齢化の影響もあり細かい刺繍が難しくなってきている方が増えてきているので、不揃いな目であるものは職員が縫い直しています。

そんな中はじめてのワークショップで皆川さんは、「自由にやってください」とおっしゃった。自由ということで、利用者の方も初めはかなり戸惑われていました。例えば武川さん(70代男性)は、同じ幅できっちり縫えないとその度に抜い直しをしていました。ところが「真っすぐじゃない、フリーハンドのものも良いんですよ」と声をかけられると、一気にスピードが上がって自由な作品を作りあげるようになりました。武川さんは刺繍する事自体をすごく楽しんでいて、提供されている糸や布を「好きなだけ使えて嬉しいよ」と言っています。自由で良いという価値観の変化が、利用者の側にもあったと思います。

DSCN5759作業に励む武川さん

皆川:僕はこれまでに、他の施設で利用者さんがアートとして自由に作った作品も見てきました。自分にとってはそのような作品から受ける感動が大きくて、今回一緒にやる時も「何か決まったもの」というより、「自由度の高い作品」を作れたらいいなと思っていました。「アートの価値があるか否か」という問題は抜きにして。だから布は作りやすいようにサイズだけはそろえて、色々な種類のものを持って行き、自分たちが提案するのではなく皆さんの意思で自由に選べるようにしました。誘導するという事だけはしないように気を付けていました。気持ちを開放するというのは難しいものですが、今日最新の作品を見せていただいて、一年でこんなにも自由にできるようになるという事に驚きを感じています。

橋本:施設の方では、会期までに作らなければ、などという焦りはなかったのでしょうか。

大滝:最初にお話を頂いたときは、普段の刺繍のイメージを持っていたので「まあできるんじゃないか」なんて思っていたのですが、実際に「自由」であることはすごく時間がかかりました。職員の関わり方も口出しはせず自由な発想を尊重し見守るというスタンスでいこうという事にしていたので、逆に目印のない布を前に戸惑う方や、なかなか自由でアート的な作品ができないという方もいました。様々な仕上がりの作品を見て、どのような形で展示されるのだろうかと最初は不安や疑問がありました。私たちはアートいう言葉を聞くと敷居の高いもの、とても価値のあるものだと考えてしまいがちです。そんな時に途中経過を見にいらしたミナ ペルホネンのスタッフの方や皆川さんが「普段やっている刺繍の中には長年培ってきた技術があり、それも組み入れていきたい。」「自由度の高い作品、目がきっちり揃っている作品それぞれに価値がある」と言ってくださり、職員や私自身の価値観も変わりました。

橋本:自由にできない人は、普段の仕事の延長でも良いという事ですね。

大滝:はい。自由な刺繍を本当の意味で楽しんでいる方は3、4人くらいで、クロスステッチを丁寧に縫う方が心地良いのだとおっしゃる方も居ます。どちらが良くてどちらが悪いという事はないのだという事に、この時気づきました。

IMG_8978〈ヨコハマ・パラトリエンナーレ2014〉での展示風景 Photo:Kyohei Asano

 

後押しすることで、素晴らしい作品が出来上がる

皆川:同じ作業をきっちりとくりかえす事が自由だという方もいるし、ランダムや複雑な表現をする事が自由だと思う人もいる。僕たちはよく後者を自由だと言うけれど、前者にこだわりを持つことや、そのどちらの方向にも分かれられるという事が本当の自由です。どちらに進むかは利用者の方それぞれが決めていい。またパラトリには時間的な制限があったので、商品価値を生み出すのではなくこういったプロセスを生み出すという事で良いのだ、という考えにもシフトしていきました。ある人は作品を作りますし、ある人はプロセスを作る。一番重要なのは利用者の方ひとりひとりの満足であって、結果というものは我々が後で考えていけばいい。武川さんのような作品だけがアートなのではなく、スウェーデン刺繍をしっかりやる事もアートなのです。

大滝:武川さんは普段からすごく実直な方で、「80歳までは頑張って作業所に通う」と言いながら作業自体にもすごく真摯に取り組んでいらっしゃいます。お花のテキスタイルというものがありまして、ひとつひとつ刺繍して、縫いつけていくのですが、布をどんどん重ねたので厚くなって、しまいには針をペンチで抜くほどの厚さになりました。休憩時間も作品を自分の前に置いて、「次はどうしようか」と悩み楽しんでいる様子は職員にとってこれまで見たことのない姿で、とても印象的でした。どんな道具を使うかといった工夫だけではなく、こちらの声がけの仕方など、イメージが膨らむような後押しをする姿勢でいる事で、素晴らしい作品が出来上がるということに驚きました。

IMG_4190s武川さんの作品

栗栖:プロジェクトを行うにあたって、利用者さんは何か凄い事をやってくれるのだろうなあといつも思うのですが、今回は「職員さん側の変化」も期待していました。職員さんは作る人々にとってのアカンパニスト(伴奏者)ですが、それぞれ悩みを抱えています。誘導しすぎてもいけないし、どんな声をかけたらその人の力を引き出せるのかも分からない。そもそも「こんな声をかけたらこんな反応をする」というのは、ひとりひとり違うので正解が無い。それを個別に見つける事が出来たとすれば、このプロジェクトにとってすごい成果だと思います。

大滝:ホームに勤めて今年で10年目になりますが、知ったつもり・分かったつもりでいた事が多かったと気づかされました。利用者の方の持っている可能性に目が向かず、ただ地域の中で不自由なく暮らしていけるようにやれる事をやればいいと思いがちです。実際、福祉分野ではまだまだアートを含んだ分野に関心が薄いことの方が多いのですが、地域や社会との繋がりを目的に私たちはもっと主体性を持って、積極的に関わっていった方がいい。ホームも普段は港南台という身近な「地域」で活動しています。その範囲が「社会」に広がっただけで、本質や目的は変わらないというのが感想です。そして、栗栖さんの言う「職員にもある悩み」すら分かっていなかったのですから、まずは無意識を意識に変えていくことが大事だなと思っています。

 

誰にでも眠っている力がある

皆川:最初はその場にいた全員が戸惑っていたと思いますが、それを消すために結果を急いではいけないなと思いました。ただただ利用者の方と一緒に居るという感じで、時間をかけて気持ちを開いていければいい。手が止まってしまう人に対しても、「何もしない」のではなく「何もしないという選択肢を選ぶということ」をしようと思いました。

橋本:何もしない選択肢を選ぶスタンスというのはつまり、誰もが持っている力を信じているという事ですね。

皆川:会社では「もっとこうしたら」なんてすぐ言っちゃいますけどね(笑)。利用者の方たちが持っている創造性みたいなものを見ていると思います。

栗栖:私たちも、スローレーベルといいながらもファストになりがちです。宣言したら絶対に期限内に終わらせなければと思ってしまいます。たぶんこのプロジェクトも、皆川さんの信念がなければもっと急いでいました。当然ですが時間をかける事は大事ですね。「耐えましょう」と皆で言って、じっくり時間をかけて待ちました。眠っている人間力が湧きあがるタイミングって人によって違うので、待つことが本当に重要です。

IMG_4147s皆川 明(ミナ ペルホネン デザイナー)

 

意識や考え方を広げていくための「場」をつくる

橋本:それぞれ、今後どうしていきたいかについて聞かせてください。

皆川:僕はこういう事実が少しずつ増えていって、利用者の方たちの生きていく時間が可能性として広がっていくといいんだろうなと思います。作品ができあがったら、今度は我々がそれを広く人に伝える場を持てば良い。こういうプロジェクトの実例はまだ全国でも少ないと思いますが、だんだんと増えていって、人が繋がれる場になるといいと思います。今まではこういった施設というのは特別な場所でしたが、これを当たり前にする事は、この一年を見る限り不可能じゃないと思います。意識や考え方を広げていくために、考え方を伝える場を協力して持っていきたいですね。

大滝:パラトリの公開ワークショップの際に武川さんの隣にいらした方が、「武川さんの刺繍を参考にしてもいいですか?」とお話しされていました。武川さんはそれをとても喜んで、ずっと覚えていて。後日、武川さんに今度作品がどのようなものになって欲しいかと尋ねると、「人のためになるものがいいよ」という言葉が、ポン、と出てきたんです。究極はそこなんだろうなと、私の胸にずきっとささりました。同じ空間で同じ作業をして、「皆仲間になったよ!」ともおっしゃっていました。武川さんは色々なところに参加をして、意識の広がりや価値観の広がりを実感できたのだと思います。
一方でホームには刺繍が苦手な方、刺繍ができない方もいらっしゃいます。実際に、ご家族より「パラトリの取り組みは素晴らしいけど、うちの子は難しい」などの意見を頂くこともあります。ホームには作業が難しくても司会が上手な方や、ユーモアがある方が沢山いらっしゃいます。展示だけではなく、ワークショップの司会を頼むだとか、そういったかたちでも広がりをつくっていければいいなと思います。

皆川:表現が上手くいく人、いかない人を相対評価で決めないということも重要だと思います。「それぞれの人はそれぞれの時間で進んでいる」という事を許容していく事。時間も、自由になる方法も違うという事を認める事。今は刺繍をやっているけど、本当は違う事をした人がいるのかもしれない。色々な場を作って、選択肢を増やしていく事も大事ですね。

栗栖:ひとつのプログラムで全ての人にアプローチするのは難しいですよね。同じ施設でも、時間も興味も、個性を引き出すポイントも違って正解が無い事実をやればやるほど実感します。色々な事をやってみて場をつくって、皆川さんが言うように選択肢も増やしてみて、興味のあるものに参加して貰う。それを自分たちのペースで粛々とやっていく、長く続けていくという事が大切ですよね。

IMG_4154s大滝陽子(港南福祉ホーム)

 

ものをつくるという事と生きている実感

栗栖:どんな人も社会で人に必要とされていると実感する事が生きる糧になると思います。障害のある方はいつも守られる方に属してしまいがちですが、逆に「役に立てた」と思う事が自信となり、次に繋がる事も多いです。私たちはそういう場づくりができればと思っています。

大滝:そういえば皆川さんは以前、働いている方にも充実して働いてもらいたいという趣旨の事を雑誌に書かれていましたよね。ホームは比較的小さい組織なので、職員もお互いが近い距離で働いています。上下関係はあっても一緒に会社を作っていく意識というのは大事だなと思います。皆川さんは、スタッフの方にはどのように働いて貰いたいという理想はありますか。

皆川:僕らは種類で言えば製造業、小売業にあたりますよね。ものをつくるという事は、技術的なことを除けば「やりたい」という思いからできているものという時点ですでに良いものです。「ものに感情が含まれている」という事ですからね。ものに感情が含まれるためには、作る人が心地よく参加して、労働の空気が良くないといけません。ものを作る人にとっては、労働を単なる貨幣活動とみるのではなくて、生きている事の喜びや社会と連動しているという実感が得られる事が一番重要だと思います。逆に経営者は、働く人はこの労働にどんな感情をこめるかなと考える事が大事です。同時に、買っていただく方の満足も得られたら最高ですね。色々な業種があるので一概には言えないですが、ものをつくる人に限って言えば、作る前に「あったらいいな」という希望がありますよね。その思考はとても楽しいものです。物質に行き着くまでのプロセスが、ポジティブな気持ちに向かうプロセスになると良い。それから、作る人が楽しむ・買う人が喜ぶというシステムは循環しやすいものでもあります。

橋本:ミナ ペルホネンでは商品という形でしっかりとものにしてきたのだと思いますが、ことづくりにも取り組むスローレーベルや、芸術表現のイベントであるパラトリでは、それがものにこだわらない分「やりたい、表現したい」という人の主体性を強く問われる気がします。それぞれにあるポジティブな価値感が広がっていくように、活動を追っていきたいですね。

IMG_4133s「sing a sewingプロジェクトトーク(2015年6月3日)」の様子

 

港南福祉ホーム
横浜市港南区の閑静な住宅街にある障害者地域活動ホーム。メンバーの多くは、知的障害にダウン症、脳性麻痺、心臓疾患などを併せ持つが、豊かな感性とリズムにより、様々な作品を生みだす。その刺繍一針一針、織り物一織り一織りに組み込まれる真摯さは「人と人」「社会と社会」を繋ぐ架け橋となっている。2010年より横浜ランデヴープロジェクト(2011年よりSLOW LABEL)に参加

皆川 明
ミナ ペルホネン デザイナー。1995年に「ミナ(2003年よりミナ ペルホネン)」を設立。独創的なストーリー性のあるオリジナルデザインの生地による服作りを進め、国内外の生地産地と連携し素材や技術の開発に注力する。近年ではファッションに留まらず、インテリアデザインやそのためのファブリック開発も精力的に行っている。

 

スローレーベル ウェブサイト
http://www.slowlabel.info/

スローレーベルの新プロジェクト「SLOW MOVEMENT(スロームーブメント)」のサポーターを随時募集中です。
http://www.slowlabel.info/report/1006/

ヨコハマ・パラトリエンナーレ ウェブサイト
http://www.paratriennale.net/

ヨコハマ・パラトリエンナーレ2014の内容については、スローレーベルの活動を紹介するニュースレター『スロージャーナル』vol.1, vol.2でもご紹介しています。
ショッピングサイト
http://nomadpro.thebase.in/

特集:SLOW LABEL×projectart.jp:スローなものづくりからダイバーシティ・アートプロジェクトへ

今後の掲載記事(予定)
・8月中〜下旬頃「多様性が育む地方創生のカタチ:スローフォーラム in 神山」
・9月上旬〜9月中旬頃「ものづくりから表現へ3:須藤シンジ(ピープルデザイン研究所)×白岩高子(アトリエコーナス)」