2020年、日本発のダイバーシティ・ムーブメントを世界へ2:SLOW MOVEMENT in 青山
アーティストと障害者、企業・職人や市民をつなぎながらあたらしいものづくりや表現活動に取り組む〈SLOW LABEL(スローレーベル)〉とのタイアップシリーズ。東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年に向けて日本の社会にも広がりつつある「ダイバーシティ」の考え方を取り入れた〈SLOW MOVEMENT(スロームーブメント)〉のお披露目となった青山公演と、同日開催されたトークイベント「第5回スペクトラムサロン」の様子をお伝えするレポートをお届けします。
構成・執筆:松本春美+橋本誠
気持ちよい秋空が広がる10月3日。ファーマーズマーケットでにぎわう青山・国際連合大学前広場の一角に最初に現れたのは、ヨットの帆布のようなものが背面についた不思議でかわいらしいデザインの車椅子と、それぞれ個性的な質感・シルエットに仕立てあげられた衣装に身を包んだ4人のパフォーマーでした。1人が取りだしたのは太鼓の「バチ」。車椅子のホイール部分がパーカッション(太鼓)になっていて、はじまりの合図が鳴り響きます。それに向き合う3人からは、「Ladies and gentlemen!」「みなさんこんにちは」「It’s a show time」「はじまるで」の声、そして手話のジェスチャーが発せられます。年齢、性別、国籍、障害の有無などを越えて集結した人々による、これまでにない参加型パフォーマンス表現に挑戦していくSLOW MOVEMENTにふさわしい幕開けでした。
この公演〈SLOW MOVEMENT –The Eternal Symphony- 1st mov.〉を総合演出するのは、SLOW LABELのディレクターで、昨年、障害者と多様な分野のプロフェッショナルによる現代アートの国際展〈ヨコハマ・パラトリエンナーレ〉を立ち上げた栗栖良依。詩人・三角みづ紀が本プロジェクトのために書き下ろした一編の詩を元に、サーカスアーティスト・金井ケイスケが中心となって、一般公募で選ばれた市民パフォーマー、スタッフ、クリエイター、技術者が協働して生み出し、育てはじめたプロジェクトです。
4人に続いて出てきた11人の市民パフォーマーの手も加わり、動き出した車椅子の様子に思わず息を呑みました。車輪の動きに合わせてウインドチャイムを奏でたような心地よい音が鳴り響いたのです。加速していく車椅子。そこに半身が不自由な森田だけでなく、何人かのパフォーマーが入れ替わりながら乗り込んでみたり、身体を添えて動いてみたり。めまぐるしい動きと奏でられる音楽を目の前にしていると、この車椅子は道具というよりも1人のパフォーマーとして感じられました。
この車椅子は、楽器をデザインするヤマハと、主にオートバイなどをデザインするヤマハ発動機の両デザイン部門が開発した、音を奏でる電動アシスト車椅子「&Y(アンディ)01」に、メディアアーティストの望月茂徳がパフォーマーの動きと音が連動するインタラクティブメディアを装着したSLOW MOVEMENTオリジナルです。車椅子の、フルオートではない「電動アシスト機能」は、パフォーマーの操作に応じて電動の補助力が働くため、手動で動かすよりもダイナミックな動きを可能にする一方で、パフォーマーの力加減を反映することができる(しかも左右のバランス調整もできる)、表現行為と相性の良い技術。その動きに連動して生成された音は、背面の布の中に仕込まれた1.5mmの薄型・軽量スピーカー「TLF(Thin Light Flexible)スピーカー」から出力されています。♪(8分音符)のようにも見える&Y01が軽やかに動き回るシーンに心が躍りました。
SLOW MOVEMENTに出演しているパフォーマーは、舞台表現を志す学生もいれば、身体を動かすことが好きな小学生、知的や精神、身体や聴覚といった障害のある人やダウン症のティーンエイジャーなど。8月後半より、週末を中心に11日間の創作期間が設けられ、金井のファシリテーションにより、どのような動きをパフォーマンスに取り込んでいくのかをメンバー皆で試演を重ねながら作品は制作されました。身体を動かすペースも、性格も、コミュニケーション手段も異なる多様なメンバーで。それぞれの個性を生かしたパフォーマンスをつくるということは大変な困難を極めたに違いありません。
パフォーミングディレクターを務めた金井は同日に開催されたスペクトラムサロンにおいて、「ヤマハさんがつくってくれた車椅子があったり、音楽の人が関わっていたり、色んなオブジェをどう使うか、皆とどういう風にできるか、国連大学の空間でどう見せようかなど、稽古のたびに変わっていったので、嵐のように今日までが過ぎ去りました。」と語っています。
スペクトラムサロンでパフォーマンスについて語る、金井ケイスケ、川田学、長屋明浩(右から)
そして今回、パフォーマンスの中で重要な役割を担ったのが&Y01。開発に携わったヤマハの川田学(ヤマハ株式会社デザイン研究所 所長)、長屋明浩(ヤマハ発動機株式会社 デザイン本部本部長)がそのコンセプトについても以下のように語りました。
川田「音が出る車椅子を作るのであれば、動きと演奏音が連動するアコースティックな機構を取り入れたいなと思っていました。それからせっかく動く車椅子が音源になるのだから、その音源の位置の変化も表現したいと考えました。ヤマハが開発した平面スピーカー(TLFスピーカー)が、正面にいる人にだけハッキリ音を伝えることができるという特性を持っていたのでそれを使うことで、動きにあわせて音の聞こえ方が変わるようにしました。そして見た目としては丸いドラムに人が座っているところに旗がついているかたちになったわけですが、パフォーマンスの題材の詩のイメージにも船出とか旅立ちがあるしぴったりだなと。また、そのシルエットが音符のようにも見えるということで、ヤマハらしさも表現できた。まさに&Y(& Yamaha)のコンセプトそのもので、そこに込められている一緒に何かできないか、という考えが自社だけではなくてSLOW LABELの皆さん、パフォーマーの方などと実現できたのではないかと思います。パフォーマンス作品の方も、ともすると予定調和になってしまうところがいい意味でどうなるか分からない、色々な可能性に向かって開かれているなと感じました。すると見ていてもわくわくする。芸術表現のありようとして魅力的に仕上がっていると感じました。」
長屋「きっかけになった車椅子は、昨年の超福祉展に出品した02GENというコンセプトモデルです。福祉機器は、いわゆる足りないところを埋めるという考え方に準拠しがちなのですが、それではつまらない。どうせなら楽しくしたいし、それを飛び越えてしまおうということでファッションに特化したものでした。ダンスパフォーマンスできるものも実は根底にあったのですが難しかったんです。でもそれを栗栖さんが見に来られて、ヤマハで楽器もつくっているのだから、鳴らして踊れる車椅子をつくれないかということで話があったわけです。電動アシストなんですが、電動車椅子だとすごく重たくなるし、自分の力で動く努力が無くなってしまいます。自力でフィジカルに車椅子を操っていくということは喜びとして必要な部分だから、それを電気でアシストするという発想でできています。バッテリーを積んでいるから、光らせたり、音を奏でたりすることにも使えるので、これらを美しくまとめるということで工夫して仕上げました。パフォーマンスは、バリアフリーではなくインクルーシブのスタンスで取り組まれており、人がいてはじめて道具の意味がありアートとして成立しているということを強く感じさせていただきました。更に会場で一体感があり楽しく元気になって帰れることができ本当に素晴らしいと思いました。」
パフォーマンスの後半では、パフォーマーの手足や伸び縮みする衣装が絡み合うシーンや、動かすと波の音を立てるバー観客にも手渡される参加型の演出がありました。また当日の会場では、舞台美術セットの参加型・小型版となる手持ちの『twinkle catcher(ティンクルキャッチャー)』をつくることができたり、会場の運営そのものにも多くの市民スタッフが参加していたりもしました。SLOW MOVEMENTは実にたくさんの人々の手と、新しい技術を取り入れた演出により、テーマに掲げている「多様性と調和」の表現の場をつくりあげる第一歩を踏み出したのです。
栗栖の言葉を引用すると、この作品のコンセプトは「見る見られるの境界を超えて、人の動きや気配が共鳴し自然の光と音が紡がれる。楽譜の迷宮に迷い込んだような身体と五感を使って楽しむ交響曲」。そこで描こうとしているのは、「人間の身体と先端技術の融合によるオーガニックな世界」。東京2020オリンピック・パラリンピック以降の人と生命と世界のあり方を人々に問うべく、豊洲公演(10/25)も続けて行われました。
写真:427FOTO(スペクトラムサロンを除く)
映像:池田美都
【SLOW MOVEMENT –The Eternal Symphony- 1st mov.(青山公演)】
日程:2015年10月3日(土)
場所:国連大学前広場(東京都渋谷区神宮前5-53-70)
時間:パフォーマンス 14:00〜 /16:00〜、ファクトリー 10:00〜16:00
【第5回スペクトラムサロン】
日時:2015年10月3日(土)17:30〜19:30
会場:スパイラルB1F CAY(東京都港区南青山5-6-23)
登壇者:栗栖良依(スロームーブメント総合演出/スローレベールディレクター)、松田朋春(スパイラル/株式会社ワコールアートセンター チーフプランナー)、金井ケイスケ(サーカスアーティスト)、長屋明浩(ヤマハ発動機株式会社 デザイン本部本部長)、川田学(ヤマハ株式会社 デザイン研究所所長)、南村千里(デフの振付家・アーティスト)
スローレーベル ウェブサイト
http://www.slowlabel.info/
スロームーブメント ウェブサイト
http://www.slowlabel.info/project/movement/
スローレーベルの活動はニュースレター『スロージャーナル』でもご紹介しています。
ショッピングサイト
http://nomadpro.thebase.in/
特集:SLOW LABEL×projectart.jp:スローなものづくりからダイバーシティ・アートプロジェクトへ