このコーナーでは、本サイトの(暫定)編集長を務める橋本が、日々の仕事やリサーチを通しながら、様々な芸術祭やアートプロジェクト、表現活動について考えたことなどをご紹介していきます。

昨年10月に開館したアーツ前橋をご存知でしょうか。デパートだった建物をコンバージョンした、変わったつくりの美術館ですが、よくある常設展・企画展といった「展覧会」だけでなく、「地域アートプロジェクト」というくくりを設けて館外でも積極的に活動しています。美術館というよりは、もう少し日常に距離の近い「アートセンター」という呼び方の方が、印象が湧きやすいかもしれません。

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アーツ前橋 外観

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館内の様子

個人的には、過去に個展のプロデュースなどを行ったことのある幸田千依という絵描きがその地域アートプロジェクトに参加していたこともあり注目していたのですが、2月半ばに行われたアーツ前橋 シンポジウムの企画・運営、記録集編集などを一緒にさせていただく機会があり、よりこの地域とアーツ前橋、および周辺で展開されている様々な活動に興味を持っています。

前橋までは、上野から新幹線で1時間20分、在来線で2時間10分ほどで、日帰りで訪れるには少し気合いが必要です。新幹線が止まり、都内からの直通も多い高崎までは比較的行きやすいと思うのですが、そこでさらに乗り継ぎが必要、という「おしい」状態なのが象徴的です。アーツのある中心市街地も空洞化しつつある様子で、元気なお店も少なそうだし、歩いている人も少ない。少し離れた位置にある前橋駅周辺も寂しいものです。

…というのは昨年の8月に、プレイベントを見に訪れた際の、一方的に外から目線の感想なのですが、その後、数度に渡って足を運び、アーツ周辺で活動する人たちの様子が分かってくるにつれてかなり印象が変わりました。たぶん、この首都圏だけれども簡単には行き来できない東京からの距離感や、高崎よりもたくさんの隙間や古びた風景を目にすることのできるくらいの地域の方が、アートという、社会的にはその価値が認めてもらいにくい文脈にも興味を持って活動/生活をする人を引き寄せ/とどまらせやすいのではないかと思います。

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人通りの少ない中心市街地

具体的には、ya-ginsというアーティスト・ランのスペース、Maebashi Worksというアーティストやキュレータのシェアスペース、FRASCOという建築家やクリエイター中心のシェアスペース、mBOXというシェア/コワーキングスペース、Bushitsu(前橋〇〇部の部室)、などなど。

拠点には当然、そこで活動している人などを中心に形成されるコミュニティが(一部は重複しながらも)あり、それがアーティストをはじめとするアートに関わる人と、それ以外の分野の方々を緩やかにつなげている。アーツ前橋の活動について話し合う場としても機能していたりするはずです。

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ことあるごとにひとが集まるya-gins

もちろん、アーツがこれらを直接的に支援しているとか、アーツができたから出来たとかそういうことではないのですが、やはりきっかけのひとつにはなっていたり、自然と企画の連携などが生まれることで、お互いの活動が(少なくとも前橋コミュニティの中では)顕在化する、ということにはなっているようです。

その上でアーツが「地域アートプロジェクト」を通して使われていない旧銭湯や、ビル、公開空地などを楽しく活用していく仕掛けを行っていますから、それらに上記の方々はもちろん、普段はアーツに行かない方が親しみ、たまにはアーツにも行ってみようか、という好循環が生まれはじめているのではないかと思います。

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旧磯部湯を活用した地域アートプロジェクトでは、幸田千依と伊藤存が公開制作を行った

シンポジウムは、そのような現状認識や今後の可能性を模索することを狙って、いわゆる事例紹介だけではなくて、拠点活動をしている方などにも出演いただいて、ディスカッションを重視した企画になりました。

とても残念だったのは、3日間のプログラムが空前の大雪に見舞われてしまい、規模を縮小して実施せざるおえなかったことです。前橋が雪に降られ慣れていなかったということもあり、2日目朝の積雪量を確認した時点で即刻中止レベルの状況でしたが、1日目に多くのゲストが前橋入りして、むしろ帰るに帰れない状況だったこと、拠点活動をしている方の多くもアーツまでは大きな危険も無く来れる方が多かったことから、参加がほぼ関係者のみにはなりましたが、規模を1日半に縮小して実施しました。

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雪に見舞われたアーツ前橋 シンポジウム(2月14〜16日)

これにともない、担当させていただいている記録集の編集にも大きな変更を加えて、シンポジウムの記録というよりは、少し資料性の高いものとして制作する予定となっています。