まちなかが作品で溢れる〈黄金町バザール2014〉開催エリアに不思議な建物を見つけた。展示作品があるわけでもないのに、人が集まり、なにやら談笑している。一見すると、カフェや立ち飲み屋のようにも見えるが、フードやドリンクのメニューは見当たらない。あるのは、持ち寄った風のお菓子と冷たい麦茶だ。入り口には「演劇センターF Free, ダタ!」と書いてある。もしかして、休憩所? でも、この場所の名前は「演劇センターF」。演劇にまつわる何かがあるはずだ。しかし、その様子はない。どこにも、ない。ここではいったい、何が起きているんだろう?!

バックグランドも表現手法も異なるアーティストの作品がずらりと並ぶ黄金町バザールの中で、私たちはこの謎の活動に注目。あまり前知識のないまま、彼らによる「まち歩き”縁”劇 はつこひ商店会物語 vol.3」という不思議な名前のついたイベントに参加してきた。
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※黄金町バザールとは
京急線「日の出町駅」から「黄金町駅」にかけての高架下周辺。かつてここは、売春や麻薬取り引きが行われ、不法滞在外国人も多いとされる場所だった。そんなダークな歴史をもつ町が、今アートによって新しいまちへと変貌を遂げているのだ。黄金町バザールは、2008年からこのエリアを舞台にはじまったアート・フェスティバル。今年はゲストキュレーターに原万希子を招致。アジアの若手アーティスト38組が参加している。

演者は“まちの人”。物語を聞きに、まち歩き。
9月下旬、小雨がちらつく午後。演劇センターFに到着すると、狭い部屋に10数人の大人が集まっていた。まるで立ち飲みやのように小さなカウンターが真ん中に設置され、その脇にちいさなテーブルとソファがあるだけだ。カウンターの中には、女性がひとりいて立ち寄った人に声をかけ冷たい麦茶を出している。
そうこうしている間に開始の時間を迎えた。演劇センターFの企画構成を担当し、今回の案内役を努める市原幹也さんが、あいさつと今回の演目の説明をしてくれた。

「とにかく、まちの人を俳優にしてしゃべってもらうというスタンス(の演劇)なので。演者はプロではないので。その日のコンディションによって、何が起こるか僕もわからないところがあるんですけども。それも含めて楽しんでいってもらえたら。」

3部作であるこの演目。舞台となる「はつこひ(初音、黄金、日ノ出、の略)」それぞれのまちを歩きながら、「人」を訪ね、「セリフ(=物語)」を集めてまわるというのだ。つまり、まち全体を舞台にそこに暮らす人を演者として、観劇していくというスタイルのようだ。おもしろい。
前回までに、黄金×日ノ出、初音×日ノ出、それぞれのまちの物語を紡いできたが、vol.3となる今回の舞台は、初音町と黄金町。ガードを挟んで隣接するこの2つのまちにはどんな物語が潜んでいるのか。まちの人へ話を聞きに行く。まず一行は初音町で105年続く“豆屋の谷口さん”のもとへぞろぞろと向かった。
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初音町、“豆屋の谷口さん”
「(初音と黄金はガード下で分断されているけど)全て一緒だからね。お祭りにしても町内会にしても、全部ひとつのくくり。戦前から行政が決めた区分だった。」谷口さんを囲んで、みんなで話を聞く。近所のおじいちゃんの昔話を聞くような、そんな穏やかな雰囲気だ。横浜大空襲に遭い、このあたりは全て焼けて何もなくなってしまったのだそうだ。そんな中、屋根がある高架下は商売がしやすく、飲食店やバイク屋、宝石店などいろんな商店が並んだ。しかし、いつしか麻薬や売春がはびこりだし、ダークな場所へと変貌を遂げていってしまった。その歴史を見てきた谷口さんの話は言葉以上に感じるものがある。初音町からみた黄金町というまち。このまちの歴史をゆっくり紐解いて、お話しくださった。

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豆屋の谷口さん(左)、市原幹也さん(右)

黄金町、“風呂桶屋の三谷さん”
次に、黄金町で風呂桶屋を営む三谷さんを訪ねた。黄金町のガード下周辺の昔の地図を見せてくださった。小さなお店がびっしり軒を連ねていたその様子が、しっかり記されている。「黄金町って、みなさんにとってはね、怖いまちっていうイメージがあると思うんですけど、住んでる自分にとっては、なんでもない。普通のまち。郵便配達やってた時も、場所に迷ったときはお店の人がちゃんと教えてくれました。」実は、特殊飲食店や営業許可のない青線と言われるお店の軒数は、初音町の方が多い。にも関わらず、ガード下の飲食店街=黄金町とひとくくりにされてきた。実態とは別に黄金町の名ばかりがひとり歩きしていたという事実を教えてくださった。それは、黄金町に住む三谷さんにとっては、理不尽と言わざるを得なかった。それでも、町内会や青年会では一緒に過ごすふたつの町。人生のイロハは青年会の先輩方に教えてもらった、と笑顔で三谷さんも語る。両町の複雑な心境の交差を垣間見た気がした。

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風呂桶屋の三谷さん

黄金町、“畳屋さんの田口さん”
黄金町、三谷さんの家の数軒隣にある田口さん宅。一行は、ぞろぞろと、い草の香りがする作業場をぬけて、田口さんを訪ねた。市原さんが声をかけるとドアの向こうから田口さんと思われるおばあちゃんの小さな声だけがもれてくる。何を言ってるかはわからない。しばらくして、市原さんが「すいません。田口さん今日はどうも調子がよくないみたいなので出てこれないんですが。」ということで、急遽キャンセル! そんなハプニングもこの演目ならではだ。残念ながら、お話を伺うことはできなかったが、それはまたのお楽しみということで、今回の演目は幕を閉じた。その当時の黄金町の姿を語れる人は三谷さん含めほんのひと握りの人だけ。そう思うと今回のまち歩きは、とても貴重な機会になった。
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“劇場で観るのが演劇”という固定観念をなくす
演目が終わり、案内役の市原さんに話を伺った。
「これって、演劇なんですか?」率直な意見をぶつけてみると、笑顔で受け止め、演劇センターFの立ち上げについて話してくださった。「何を演劇と呼ぶかというのは、人それぞれですよね。受け止め方はみなさんに委ねたいんですが、僕らがここで何をやっているかというと、であう、まざる、めぐるということなんです。演劇って、箱(劇場)があって、舞台に演者がいて、観客が椅子に座っている。という情景をイメージすると思うんですが、それは形式の話。そうではなく、そこで起きている現象に注目してみるとそれは「であう、まざる、めぐる」なんです。まず、であう=これは、物語に出会う。主人公に出会うということ。次に、まざる=主人公や登場人物と自分を重ねてみることで、新しい考え方が自分の中に入ってくる。そうやって、これまでの自分に新しい感情や思想がまざるということ。そして、めぐる=これは、お客さんがその体験を持ち帰って、自分自身の生活の中や、あるいは友人などに話すことで、体験が自分の中や周りの人へめぐっていきますよね。演劇に起きているこの部分をテーマにしたのが今回の演劇センターFでの活動なんです。ワークショップだけでなく「であう、まざる、めぐる」その体験をあらゆる方法でお客さんに手渡せるよういろんなしかけを用意しています。」
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“その実態は、演劇の新しい可能性を見出す活動”
実は、この演劇センターFという場所自体も彼らの演目のひとつ。カウンターの中にいるスタッフは、なんと役者さんだという。お客さん同士が「であい、まざり、めぐる」よう、(案内役を)演じているのだ。その指示は実に細かく設定されており、たとえば、通りかかった人には声をかけてください、入ってくれた人にはお茶をだしてください、というところから始まり、お客さん同士が話をし始めるきっかけをうまくつくっていくという。実際にここで新しい関係が、「であい、まざり、めぐって」いるのだという。何回も黄金町バザールに足を運んでいる常連さん、地元住民や子供たち、初めてここを訪れた人、新しいコミュニケーションが生まれていくことがとても嬉しいと語ってくれた。演劇ってただ観て終わるだけじゃない。演劇がもつチカラで、まちを元気にすることもできるし、社会に転がっている小さな問題も、解決できる。そう語る市原氏の言葉はとても力強く感じた。演劇というと、劇場に足を運んでみるもの。そんな固定観念を見事に打ち砕かれた。新しい、演劇の可能性を感じずにはいられない。演劇というものに馴染みがないという方にこそ、ぜひこの演劇センターFに足を運び、「であい、まざり、めぐる」体験をして欲しい。
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黄金町バザール2014 公式ウェブサイト http://www.koganecho.net/koganecho-bazaar-2014/
演劇センターF 公式ウェブサイト http://tcf-project.net/